待てど、待てど、来ない。

今夜、前職の上司の神田が出張で東京に来ている。以前は二人とも東京に勤めていたが、まなみの転職と同時期に、神田は大阪転勤が決定。お疲れ様会ということで二人で飲みに行き、キスをして以来、二人はやましい関係にあった。しかしセックスする機会がなかなか訪れず、まなみは悶々としていた。

神田は40歳でバツ2、現在は独身。長身細身で男らしい顔つきだけあって、すぐに結婚が決まってきたが、結婚生活は続かないようだった。27歳のまなみは単純だ。入社当時から誰よりも気にかけてくれて、落ち込んでいる絶妙なタイミングで連絡をくれて、下ネタを話したかと思えば真面目に仕事の話もできて、ドアを開けたりお菓子の差し入れをくれたりする……つまり、ただ単に女の扱いが上手い神田に簡単に惚れて、まなみから飲みに誘い、まなみからキスを仕掛けた。その後も神田は親身になって色々な相談に乗ってくれ、シュッとした目鼻立ちに長身の風貌の神田は、まなみのタイプだった。しかし、年齢差もあるし、相手のテンションが「恋人」ではないことを承知していたので、まなみはなんとか一回ヤリたい、と考えていた。そんなときに、神田が東京に来ると連絡をくれた。チャンス到来、と思った。

神田が、東京本社の社員たちとの飲み会が終わったら会おうというので、まなみは一晩を神田と明かすつもりで、仕事が終わっても帰りの電車に乗らずに待っていた。まなみの家は都心からかなり離れており、終電は早々と無くなる。転職したばかりで金欠のまなみは、ネットカフェに入る金も惜しく、仕方なく駅ビルの最上階、24時まで開いているレストラン街にある共有スペースのソファに居座り、スマホでネットサーフィンなどして時間を潰していた。せめて22時頃には合流できるだろうと思ったが、時計は23時40分を過ぎていた。何度もラインはしているが、「ごめん、あと少し」「あと10分」と言われてこの時間だ。あまりの適当さに呆れ、帰ってやろうとも思ったが、生憎終電には間に合う時間では無い。仕方なく、腹をくくって待った。周りは、夕食を食べた後でだべっている大学生の集団や、帰りを名残惜しむカップル。一人で座っている者などおらず、孤独と虚無感が襲う。なんでだ、100%歓迎されてる相手に会うわけでもないのに、こんな思いして待ってなきゃいけないのか。

すると、レストランの閉まる24時が近付き、閉店の音楽が流れ始めた。
とりあえず駅ビルをいそいそと出ると駅の改札に行き、人を待っているというそぶりで柱にもたれかかった。仕事でクタクタなのに、神田のまなみに対する扱いがおざなりで、苛立ち始めていた。

「ごめん、終わった今どこ?」
神田からラインが来た。ごめん、と頭を下げる猫のスタンプも添えられており、まなみは、もう、しょうがないなあ、もしかしたら飲み会のあいだ、ずっと上司の誘いを断れなくて困ってたのかな? と、都合よく解釈して微笑む。新宿駅東口の改札あたりだよ、と送ってから、リップを塗ったり髪を整えたりしてソワソワしていると、「いた。」と深みのある声がした。

「ごめんね、待たせて。元気?」
テンポの遅い、色気のある話し方。一重で切れ長の目が笑う。神田とは、心がちゃんと通じている感覚が無く、たまに、バカ女と思われているのかな? と思うことがあった。更に、神田は気分屋なところがあるので、なかなか本音を言ったり踏み込んだりできない、一緒にいて不安になるところがあった。
「もう終電、ないの?」
「無いですよ! とっくに! ほんとに」
大袈裟に言って見せると、神田は笑って、
「じゃ、明日も仕事だし、どっかで休むか」と言った。

神田が来る前、まなみは血眼になって「新宿ラブホテル」と検索し、万が一神田が良い場所を知らなくても、「あっちの方にあるみたいよ」と言えるように準備していた。神田はあらかじめ会社負担でビジネスホテルを取っていたようだが、「二人で泊まるなら、他のところで全然良いよ。ホテルはどうせ会社負担だし、放置で良い」と言っていたので、広くて綺麗なお風呂に入ってイチャイチャする妄想なんかをしていた。
神田は、ホテル街を足早にずんずん歩いていく。まなみは小走りになりながら追いかける。神田は何を考えているんだろう。何も考えてないのかな。ホテルを探すのが照れ臭いのだろうか。もう、目当てのホテルがあるのだろうか。

「どこ泊まります?」
「えっ、……どこでもいいよ。ここらへんが良い?(笑)」
神田は、変な反応をした。ここらへん、ラブホテル街のど真ん中。安っぽい装飾がギラついていた。
「いえ! そんなことないです、ラブホテルとか恥ずかしいので、どこでも良いです」
「そか」
神田はシンプルに言うと、ラブホテル街を抜けて普通の道に出た。着いたところは、アパホテル。神田ははじめから、綺麗なラブホテルなど泊まる気は更々なく、会社負担で取った一人部屋のホテルに泊まるつもりだったのだ。
まなみは、ラブホテル街で「どこにします?」なんて聞いた自分を恥じた。自分のために余分にお金を使うことなんて考えていなかったんだ。受付に不審に思われないか心配で、顔をうつ向けてエレベーターに乗った。密室だが、すがれるような空気を神田はまだ出していない。まなみは緊張していた。

部屋に入る。とても狭くて、二人で寝たら筋肉痛になりそうなシングルベッド。コートを脱いで椅子に座っても、神田は抱き締めてくるなどのモーションもせず、スーツのジャケットだけ脱ぐとふぅーと椅子に腰掛けてテレビを付け、煙草を取り出した。
密室になってもがっつかれないのか。泊まるために、重いヘアアイロンや明日の分の下着や服など、かさばったけれど持って来たのに。
神田は気取って、「別にヤる目的じゃないですよ」という態度を取っていた。まなみは必死に、テレビからどうでもいい話題を拾って投げかける。しばらくすると神田はシャワー浴びるわあと言って浴室に入った。まなみは、どう振る舞おうか、と悩んだが、仕事終わりで24時を回っており、クタクタだったので、ストッキングを脱いでベッドに潜り込んだ。
神田がシャワーから出て来た。さすが、多くの女性から結婚を望まれるだけあって、長身の体には無駄な肉がついておらず、触りたくなる体のラインだった。自分が欲情していることを伝えなければと思い、わざとらしく体を凝視すると、神田は「なんだよ、変態」と笑った。髪を乾かし、ボクサーパンツを履くと、神田は「じゃ、寝よっかな!」と笑って、ベッドに滑り込んできた。

三尾やよい

悪趣味が高じてフリーライター。エロ・グロ・ゲテモノ。アダルト系WEBコラム連載/ニュースメディア翻訳ライター。毎日がFernweh(;-;) 将来の夢はベルリンで引きこもって夜な夜なテクノ鑑賞。