神田は、東京で働くサラリーマン。役職はまだない。同期たちは辞めたり、もっともっと出世したりと様々だったが、今の自分の立場に不満はない。
ヒョロガリ体型と持ち前の根暗な性格が功を奏し、「スタイルの良いニヒルな男」というキャラを手に入れた神田は、26歳の時に一度目の結婚をするも、喧嘩が絶えず離婚。二度目の結婚は、行きつけの雀荘にいた可愛い女の子だったが、ヒステリックでメンヘラ、もうやっていられないと思い離婚。37歳になった今、彼女を作るとなると、その先には結婚が見えてきてしまうので面倒だ。しかし、神田は非常に寂しがり屋である。友人が居ないことには耐えられても、彼女が居ないと死亡する。そういった総合的な検討結果、神田は、職場でとても気の合う女や、異業種交流会で寄ってきた女と適度なタイミングでセックスする生活を送っていた。しかし、神田は自分のことをヤリチンだとは思わない。彼には考えがあった。もし、これからずっと一人だったらどうしよう。周りの人間が家族という集団を形成するなかで、自分は孤独なまま生きていくのだろうか。もしかしたら、これから生涯のパートナーになれる人に出会うかも知れない。この女や、あの女との出会いが、将来に繋がるのかも知れない。だから、来るもの拒まずだ。そうして神田は多くの女と関係を持っては、違うかも、んー違うなと吟味する生活を送っていた。
そして、モテたいという気持ち20%と、俺は音楽のわかる人間だという80%の自負で学生時代にバンドを組みドラムを担当していたが、大して練習もしなかったので特技になることもなく終わった。そんなわけで未だに音楽への未練は少しあり、社会人になった今は職場の音楽好きな者数人で演奏可能なバーに行き、自分も下手なドラムを披露するというアフター7を送っていた。

ある日、社内報を見ていると、自分好みのタヌキ顔の女が目に飛び込んだ。中途入社社員紹介に載っていたその女は「日吉愛」。ネット検索してみると、SNSが出てきた。日吉愛、26歳、出身は東北。どの写真も可愛らしいが、変顔もあり、チャラそうな写真は無い。好きな音楽の欄には、あまり聞いたことのない名前が並んでいた。どうやら、彼女はジャズが好きなようだ。
正直、神田はジャズに興味がない。「即興で行われるから、いつ聴いても違って面白いんだ」というのを聞いたことがあるけれど、人が即興で考え付く演奏なんてタカが知れている。だが、神田は愛と話を合わせられるように、愛の好きな音楽リストの曲を検索して予習した。さも、昔から知っていましたよ、というふうに振る舞って、「この人は話を分かってくれる!」と思わせるために。しかし、普段あまり人と話さない神田が新人に話しかけるなんて、周りから見たらナンパだ。そんな自意識の過剰さから、神田はなかなか愛に話しかけることができずにいた。
ある日の、会社の全体集会。会が終わると、周囲の人間は普段会わない仲間たちと談笑していたが、会うたびに人見知りをしてしまう神田は、仲間を探してキョロキョロすることさえ恥ずかしかったので、さっさと帰るクールな人間なんです、というふうにそそくさと部屋を出た。駅までの道を歩いていると、「すいません!」と後ろから声をかけられた。なんと、愛だった。

「神田さんですよね? 音楽やるって、先輩から聞いてました」
飛んで火に入る夏の虫。職場の誰かが、「神田は音楽やってるよ」とか言ってくれたのだろうか。それとも俺の魅力に気付いていたんだろうか。好きな人に話しかけられた時ほど、平常心でいなければならない。女に慣れていなかったとき、こうした状況にトチ狂ったように喜んで余計なことをべらべら喋り、避けられるという経験を何度もしてきた神田は、喜びをぐっと噛み締めてクールに、それでいて優しさも備えて振る舞った。
「おー、そうそう。日吉さんも、ドラマーだよね?」
「はい! えー嬉しいです、名前知っててくれて。前はバンドみたいなものやってたんですけど……。こっち来たばっかりなので、音楽仲間いなくて、本当にフラストレーションたまってるんです」
「あ、自分たまにオープンマイクで演奏できるバーたまに行くけど、一緒に行く?」
「良いんですか!? 宜しくお願いします」
付け焼き刃だった事前のリサーチも功を奏し、ジャズの話も少しすることができて、神田は愛と打ち解け、連絡手段をつくることに成功した。

神田の知っている演奏バーを「ここはどう?」と愛に提案してみると、愛からは「良いですね! 私も探してみたんですけれど」といくつか別のバーの情報が送られてきた。どれもマニアックなジャズバーだ。そうか、愛はポップスをわいわい楽しく演奏したいんじゃなくて、本当にジャズが好きで、ジャズが演奏できるところを探していたのか。きっと、上京前から調べていてずっと行きたかったバーばかりなのだろう。

土曜夕方。神田は車を愛の家へ走らせていた。普段は使ったことのない、甘い匂いの消臭剤を車内にかけ散らかした。紛れもなくデートだ。
マンションの下で待っていると、愛が来た。大きな鞄と大きな丸いものを仰々しく抱えていた。
「あれ、神田さんスネア持ってないんですか」
「えっ、ああ、うん、持ってないわー」
「あ、そうなんですか。いらないかなぁ」
愛は悲しそうな顔をした。神田はスネアどころかスティックも持ってきていなかった。バーで借りられるかな、そんな気持ちでいた。愛は本気でジャズバーに演奏しに行くようだ。ラブラブデート気分の自分を恥じた。

ジャズバーは地下にあった。薄暗い照明。狭い店内に、顔見知り同士らしい客が10人程度。アウェイ感。キャンドルを灯してもらう。とてもいい雰囲気。目を輝かせながらキョロキョロと店内を観察している愛は、とても可愛かった。神田は、愛の顔や体をじっくりと目に焼き付けた。
と、店員が「今日演奏できる方、ここに名前書いて」と小さな紙切れを持って前に立った。ちょっと様子をみようかな、とか何とか言って神田は演奏をパスしたが、愛はやる気満々でその紙に名前を書いた。
1組目の演奏が始まると、愛はおもむろに自分の大きな鞄から黒くて分厚い本を二冊も取り出した。どうやら楽譜のようだ。すると、他の客もみな同じ本を持っていることに気づいた。どうやら、ジャズマンのバイブルのようだ。スティックも持っていない、楽譜も読めない、曲も分からない、デート気分で来た。神田は増々、肩身が小さくなった。

「次はー、あいさん? 初めての方ですね~」
店員に呼ばれて、愛は張り切ってドラムの椅子に座った。そして、他の演奏者と曲の打ち合わせをして、ドラムを叩き出した。
めっちゃ速くて、めっちゃ綺麗。緩急の付け方がエロい。基本のなっていない神田には、「めっちゃうまい」という表現しかできなかった。いいな、あんなドラムが叩けて。俺も、ああいうふうにカッコいいドラマーになりたくてドラム始めたんだった。
愛は、ジャズのソロパートも、次の曲にうつるのも、いとも簡単にスパコンスパコン叩いた。曲が終わると、すっかり演奏者たちと打ち解けて、「ちょっと走ってたね、でもうまいねー」とかなんとか言われていた。
アウェイな環境から、一躍花形ドラマーに躍り出た愛を、知ったか面をして迎える。
「愛さん、凄いね! めちゃめちゃかっこよかったよ。ドラム姿で男落とせるよ」
「えーあはは、いやそんな」

バーが閉まる頃には、もう夜が更けていた。車内で、予習済みだったジャズをかける。Bill Evansの『Waltz for debby』。よく知らないが、デビーという人に送ったワルツだろうか。「デート ジャズ」といった単純な検索で出てきた曲だ。
「神田さん、本当に本当にありがとうございます。私人見知りだし、こっち来て本当に音楽仲間居なくて、寂しかったんです。唯一です、神田さん」
「えー、いやいや。楽しかったんなら良かった。また行こう」
とてもいい雰囲気で、愛も満足そうに上気した顔でこちらを見つめていた。あーやばい、キスしたい。抱きたい。
しかし、1回目のデートだ。紳士的に振る舞うのが段取りだ。ムラムラが収まらなくなった神田は、愛をマンションへ送ったあと、路肩に車を停め、今すぐヤレそうな女をラインの履歴から探し、複数人に「今暇?」と送った。ちょうど愛の家と神田の家の間くらいに会える女が居たので、そのまま女の家に向かった。

三尾やよい

悪趣味が高じてフリーライター。エロ・グロ・ゲテモノ。アダルト系WEBコラム連載/ニュースメディア翻訳ライター。毎日がFernweh(;-;) 将来の夢はベルリンで引きこもって夜な夜なテクノ鑑賞。