【アダルトグッズヒストリー】『熊ん子』誕生の裏話

いわゆる電動コケシの代名詞となった「熊ん子」。
民族調の外観は変化を重ねつつロングセラーを記録し、90年時点には100万本へ。

100万個以上売れたバイブの代名詞・熊ん子

「一家に1台」へ限りなく近づきつつある大人のおもちゃ。
その基礎を築いたのは、間違いなく昭和42年に発売された『熊ん子』であろう。

14年ほど前、『熊ん子』誕生の裏話が聞きたくて、大人のおもちゃ卸問屋『古田商会』(小田急線の沿線にあった)の古田公允社長(故人)にお会いしたことがある。
そのときのやりとりを思いおこし、インタビュー形式でまとめてみた。

――すごいですね。『熊ん子』って100万個以上売れたそうで。

古田社長(以下、古田):皆さん混同されているんですが、電動バイブ1号は『熊ん子』の1年前に発売した『踊るアラビア人形』です。
これは頭がくねるもので、開発するにあたって、そう難しくはなかった。『熊ん子』は電動+二又バイブです。

【アダルトグッズヒストリー】『熊ん子』誕生の裏話

――やはり苦労したのは二又バイブの『熊ん子』。

古田:銀座の何人かのホステスにずいぶん投資しました(笑)。
電動の次なるバイブを開発するに当たって、『踊るアラビア人形』などを試してもらったんですね。
たまたまバイブを膣から抜いた拍子にクリトリスにさわった。
そしたらえらく気持ちよかったらしいんですね。次の商品はこれだって。

――『熊ん子』っていいネーミングがいいですね。クマンコクマンコ……。
ところで、大人のおもちゃのすべてのパッケージに「当商品はジョークグッズです」とありますが、このコピーを考えられたのも社長だとか?

古田:大人のおもちゃは性具として認められていないので、ジョークグッズという表現にしました。
人体に接触して使用すると謳うと、薬事法違反になるからです。

――ヨーロッパ輸出もしたそうですが。

古田:薬事法で通産省ともめましたが、結局、押し切りました。
『熊ん子』は改良を重ねて4代目まで生産、稼がしてもらいました。

古田公允社長が5万円を元手にこの業界に参入したのは昭和41年のこと。当時42歳だった。

【アダルトグッズヒストリー】『熊ん子』誕生の裏話

在りし日の古田社長。
ちなみに性具を「大人のおもちゃ」という造語にして世の中に広めたのも当人。ネーミングのセンスもまた秀逸。