「可愛いー!」
若手の女性スタッフが声を上げる。ミセス向けファッション通販カタログの写真撮影現場では、どんな熟女に対しても「綺麗」ではなく「可愛い」という形容詞が使われる。カットごとに髪や化粧を丁寧に直され、撮影終了後は靴をスタッフに脱がせてもらったりするうちに、モデルたちは「私は偉い」と勘違いを起こしていく。実際は、スタッフたちが服や靴を丁重に扱っているだけなのだが。

麗は53歳だが、いわゆる美魔女とでもいうか、身長はそこらの女よりも高くてスレンダー。顔のリフトアップやエステなど、手が充分に行き届いているので、何もしてない20代よりは美貌で勝っているという自信がある。若い時から小さな媒体でモデルをしたりイベントコンパニオンをし、玉の輿に乗るために大手商社で派遣の受付嬢をやり、見事に旦那を捕まえて結婚。結婚後、旦那はベトナムへ単身赴任。二人の間に子供はおらず、互いに容姿と年収につられて結婚したので心の繋がりはない。けれど、毎月口座にお金は振り込まれているから特に生活に支障はない。

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スタイリストが服のシワを直しにくる。そのタイミングで麗は聞いた。
「もう一人のモデルさん綺麗ね〜、でも知らない人だなぁ。誰?」
控え室にいる女にも聞こえるように言ってやった。撮影は、いつもだいたい同じスタッフとモデルで行われる。以前は、麗と、もう一人の大人しくて華のないモデルと二人で撮影に入ることが多かったのだが、彼女は最近来なくなり、今日は見ない顔のモデルが来ていた。
いつものメンバーから浮いた存在の新しいモデルに違和感がある、といったように怪訝そうな顔をして見せた。スタイリストさんは「そうですねぇ」と曖昧に笑った。よしっ、他のスタッフのみんなも、まだあいつを認めていないのね。

「はい! OKです、ありがとうございましたー!」
麗の撮影の番が終わり、次のモデルが待機室から出てきた。彼女は40代半ばに見えるが、スレンダーな体で顔も綺麗。目を常に見開いているので、お直し済みなのだろう。しかも、財布は20代が持つリボンのあしらわれたブランド、髪は栗色のゆる巻きロングで、いかにも「おしとやかです」と言いたげな風貌だった。しかも、一挙一動まで作りこまれており、可憐ぶる。
麗は、初対面からこの女を嫌いになった。作られた一挙一動が鼻に付くのだ。
待機室から彼女のポージングをチェックする。口角をあげたままの顔を貼り付けて撮影している。あんなにずっと「微笑みを絶やさない私」を演じて、疲れないのだろうか。しかも、ポージングはずっと同じような角度で、クリエイティビティにも欠けていると感じた。

彼女の撮影が終わる。
「お疲れさまぁー!」
麗は彼女を威圧するかのように、大声と飛び切りの笑顔で言う。
「お疲れ様です」
彼女はまるで詩を朗読しているかのように答えた。

「ちょっとー! スタイリストさん、一番涼しいところにいるじゃないのー!」
若手のスタイリストが大きな扇風機の前に立っているのを見つけた麗は、撮影所内のみんなに聞こえるように言った。
「そんなことないですよ!」
スタイリストが答え、笑いが起こる。麗は、どこに行ってもムードメーカーなのだ、と自分で思っていた。

スタジオは郊外にあるため、帰路はバスかタクシーだ。麗はバスを使う気が起こらないので、タクシーを呼ぼうとしていた。
「車で駅まで送りましょうか?」
中年男性スタッフが、ニヤニヤしながら隣のモデルに声を掛けた。
「あ、いいえ、ありがとうございます。バスがあるので」

待てよ、撮影後に「送りましょうか」なんて言われたことがない。このバカスタッフ、人によって態度を変えやがって。
麗はタクシーに乗り込んだ。

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若手スタッフたちが、撮影道具を片付けながら話す。
「あのモデルさん、もう53なんだよねー」
「えっ!? マジ!? 超綺麗ですね」
「でもなー、なで肩過ぎて服がいつも落ちちゃうんだよね」
「あとなんか……強烈なキャラですよね」
「強烈って何だよ」
「なんか『ザ・女の世界』みたいな人ですよね。新しいモデルさんの撮影見てる時の目が超怖かった」
「あー、ね。ちょっとコミュニケーションが難しい人だよね」
「スタッフによって撮影のテンションが全然違っちゃうからね」
「新しい金子さんはいい人ですねー」
「まあ、大人だよね」

****

麗はタクシーを降り、買い物のために新橋駅をウロウロしていると、同年代に見えるシュッとした男が話しかけてきた。
「すみません、汐留駅はどちらでしょうか?」
「あー。あっちの方ですよ」
「あ、ありがとうございます。ちなみに僕、会社の飲み会のための場所探ししてるんですけど、良かったらご飯でも行きませんか?」
麗は気付いた。これは、ナンパだ。
自分に存在価値はあるのか、とモヤモヤしていたところだったから、麗は心の中で飛び上がって喜んだ。
「はい! ちょうど私もご飯でも食べようかなと思ってて」
「わー良かった! ありがとうございます」

バーのカウンター席に座る。
「お姉さん、名前なんて言うんですか?」
麗は、その単語にちょっとピキッと来た。この男は、てっきり自分と同世代のつもりで話していたが、まさかかなり年下なのだろうか。女が女に対して「お姉さん」という時は、年齢が20歳くらい離れているときだ。麗自身も、撮影所で合う60オーバーのモデルは「お姉さん」という呼び方で統一していた。自分としては若々しくいたつもりだったが、やっぱり肌や髪の質感で、年齢がバレているのだろうか。

男の名前は、純一といった。
「麗さんって言うんですね。名前は体を現すってほんとなんですね」
「いえいえ」
麗は謙遜して返事した。名は体を現す。若い頃から散々聞いてきた言葉だ。麗しい私。自分としても、自分を一番うまく表現できている名前だと感じていた。

「何でそんなに綺麗なんですか?」
「いえいえ、うまいなー。一応モデルをやってるので、太れないんですよね」
「モデルさんなんですか! 道理でめちゃめちゃ綺麗だと思った。」
「純一さんの趣味は?」
「うーん。ジョギングと飲みかな。新しい人と会うの好きなんですよね」
これといってマニアックな趣味は無いらしかった。言われてみると、確かに体全体が引き締まっている。新しい人と会うのが好きで意識が高そう。もしかして、マルチ商法の勧誘だったのかな? 麗は少し不安になった。

「休みの日は何してるの?」
「朝走って、夕方も走って、それから飲みに行くことが多いかなぁ」
「一日2回も走るの!? 犬みたいじゃん。」
純一は笑った。
「犬って……。犬ですよ、どうせ」
「あはは。お手」
麗が手を出すと、純一が手を素直に置いた。可愛い男だ。

「彼はいるんですか?」
「いえ、今は……居ないですね。純一さんは?」
麗は、とっさに嘘をついた。旦那はいるけれど彼はいないもん、と自分に言い聞かせた。
「僕もフリーですね」
こうして、次第に話は恋愛話にシフトしていった。
「ほんと、声掛けてくれて嬉しい。最近男性とデートみたいなことをすることが全く無かったから、潤いをありがとう」
「えー、そんなこと言われたら好きになっちゃいそうですよ」
今まで誠実な話ぶりだった純一が、距離を詰めてきた。えっ、これ、もしかして誘われてるの?
「2件目行きます?」
「あ、はい」

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「潤いが無いって言ってたけど、俺もですよ。でも今日はめっちゃ潤った。麗さんのこと好きになっちゃいそう」
純一が素直な言葉を吐いて、麗はドキッとした。
「あ、危ない」
後ろからくる自転車を避けようと、純一が麗の腰に自然に手を回した。麗はビクッと反応した。
「ありがとう……。ねえ、離さないの?」
純一は、回した腕を離そうとしない。
「嫌ですか?」
純一はいたずらっぽく聞いた。
「うーん、嫌じゃないです」
二人は顔を見合わせて笑った。

「場所変えます?」
どうしよう、誰か知り合いに見られてないかな。どうしよう、下着の上下が合ってない。しかも、パンツは黄色いシミのついた年季物だった気がする。毛の処理も甘い。シワシワの体を見られたくない。
だが、麗は飲んでいる時からすでに濡れてしまっていて、二の腕や太ももがゾクゾクしていた。乳首を早く触って欲しくて、疼いていた。
「はい…」

三尾やよい

悪趣味が高じてフリーライター。エロ・グロ・ゲテモノ。アダルト系WEBコラム連載/ニュースメディア翻訳ライター。毎日がFernweh(;-;) 将来の夢はベルリンで引きこもって夜な夜なテクノ鑑賞。