みす紙で拭けば涙も気が悪し

東京・北区の『飛鳥山博物館』に用事があったついでに、お隣の『紙の博物館』に立ち寄ってみた。
探してたのは、昭和の時代まで百万人の夜の性生活を助っ人した御簾紙。でもね、『紙の博物館』へのかすかな期待は大きく外れた。御簾紙の「み」の字もないのよ。ティッシュが御簾紙を駆逐してしまったというワケだ。御簾紙は、古くから奈良県吉野地方で作られた、もっともポピュラー枕紙のこと。薄く柔かいのが特徴で、すだれ(簾)のように透けていた。で、御簾紙のネーミング。

揉んでもガサゴソと音なんかたてないスグレモノだった。ティッシュと違って、1枚1枚に淫靡な味わいがあった。もっとも、ぬぐったあと亀頭の裏筋や陰唇の溝にペタッとはりつき、気がつかないでいると情事がバレちゃう難点もあるにはあったが…。
「お前さん、まだ浮気の虫が治まらないの」
「いや、あの日からきっぱりやめにしている」
「バカいってんじゃないよ。じゃ、これはなによ」
ちなみに、この御簾紙は、御事紙、となりしらず、のべ紙、やわやわ紙、吉野紙……とも呼ばれていた。この御簾紙、タンポンとしても使われた。
例えば、吉原遊郭の遊女たちは、生理の日でも客をとらねばならない。なので、膣の奥深くに唾液で湿らせ、丸めた御簾紙をセットした。一般的には、これを詰紙でいいのだが、
揚げ底、梅干、込め玉、品玉(手品の)、含み紙、用心紙ともいった。避妊、性病予防、月経の手当て……。一紙三鳥なり~ッ。
つめがみをせぬが地者の馳走也
もっとも、遊女たちとは違って、一般に地者(素人女)はあまりやらなかったようだ。けっこう御簾紙のお値段は高かったからねェ。

揚げ底をしても三分の器なり

遊女たちは嫌いな客にも、知らん顔して、この詰紙をやらかした。膣の奥にセットしてあるから、客の男根は先っぽがつかえて、完全挿入ができなくなってしまうでしょ。それでも代金はちやんと三分(四分で一両)請求した。まッ、ともかく手すき和紙が世界遺産に登録されたんだから、これを機会に御簾紙を復活させてみてはいかがなもんでしょう。

揚げ底(あげぞこ):これは元来遊女が客の胤を宿さぬ用意のため、詰め紙を入れることをいう。『あげ底をしても三分の器なり』三分は上妓の揚代金。秘語の器は女陰名である。『交合雑話』には、みす紙を丸めて挿入する方法を揚底といったことが見え、遊女など好かぬ客に接して胤を宿さぬためだとある。一種の避妊方法でもあったが、その他にもこれによって花心への当りを避け、妓が自ら喜悦せぬようにとの用心でもあったらしい。