【アダルトグッズヒストリー】ラブホテルの元祖「出会茶屋」がひしめいていた不忍池

出合茶屋忍ぶが岡はもっともな

東京・上野公園ってところ、エロスをたっぷり満たしてくれるエリアでもある。どこが……って、まず東京国立博物館へでも足を運んでもらおうか。

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「石棒」というのは、縄文時代の人々が、信仰のためにこしらえた石を細工してこしらえたオチンチン形。その石棒が展示されている。
亀頭冠4本が重なっている石棒は出土地不明ながら、完璧な完形で、まさにゲージュツである。亀頭冠の下には「V」の字の彫刻があり、裏スジを表現している。
ちなみに、同館には約200本の石棒(破片も含む)がストックされているということだ。

おつぎは、五條天神社の男根形墓石を訪ねよう。
小沢昭一さんが『小沢昭一雑談大会』(芸術生活社)の中で書いている。「見付けにくいが、自分で探せヨ。社務所でキクナー」と。
それを忠実に守りつつ何度も訪ねたが、いつも空振り。結局、社務所に尋ねて、やっとわかった。

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ミョウガの葉にうずもれるようにして、自然石の男根形はあった。亀頭冠もくっきりの立派な石製イチモツが。神主さんの先々代が、自分の墓石にしようとこしらえた。
よく見れば男根形墓石胴体には字が刻まれている。「可愧哉吾/皇国の廃人/不忠不幸の/川瀬雅亮」。先々代は士官学校に入れなかったことをずいぶんと終生くやんでいたという。

出合茶屋忍ぶが岡はもっともな

そして、不忍池・聖天島の背面男根形「役の小角石像」。
不忍池の弁天堂わきの聖天島。正面からみれば鬚をはやした役の小角像で右手に錫杖、左手に宝珠をもっている。が、背後からだと中ぶくれで不格好だけれども、高さ80cmほどの男根形像になっている。樹の葉が生い茂る季節はちょっと見つけにくいかも。
戦前は対をなすように女陰石も祀られていたそうな。(『あまとりあ』第3巻第9号「性感地帯」片桐童二)
本堂のすぐ側にあった女陰の形をした大石が見えないので、堂守に尋ねたところ、あれは戦災で焼け壊れてしまいました、との返事。本堂右手の出島にある陽物の道祖神だけは無事であった。

不忍池のほとりはラブホテルの元祖「出会茶屋」がひしめき、役者と奥女中といったカップルがお忍びでやってきたことでも知られている。
ということは、役の小角像さん、男女の愛のイトナミをウヒヒとばかり、ず~っとのぞいてきたことになる。
ちなみに、不忍池は太田道灌が江戸城を築いた1457(長禄1)年ごろには存在していたらしい。