女帝の手記―孝謙・称徳天皇物語 (1) (中公文庫―コミック版)

旧約聖書から否定されてきたオナニーだが、女性の場合は神との交接と捉えて祝福を受けようとする宗教的な意味合いもあったという。ギリシアではオナニーを世界に伝えたというパーン神やプリアヌス神を象った神像で交接する儀式が伝えられている。また、かつてのインドでは処女のままで死ぬと極楽に行けないと考えられていたことから、セックスする前に夫が死んだ場合は張形でオナニーする風習もあった。

ちなみに女性のオナニーが否定されていたヨーロッパでも、禁欲生活を送っているはずの修道女たちがオナニーで性欲処理をしていたと言われている。というか、一般の人たちよりもふしだらな行為を非難されることも多く、「浴場で男たちとふざけ合っている」と目をひそめられたり、修道院が陰で「快楽の隠れ家」や「売春宿」と呼ばれていたとか。ちなみにさまざまな聖職者が尼僧の張形使用を非難していて、教皇が是非を裁定したという記録もある。このときは張形に小さな十字架を刻むことで良しとされたとか。当時の女性たちにとっても、オナニーの誘惑は抗いがたいものとして捉えられていたのだろう。

日本でもオナニーをこよなく愛した女性が存在する。それは奈良時代に生きた称徳天皇であり、道鏡を重用して政治を乱れさせた天皇としてよく知られている人物だ。そもそも彼女がオナニーにふける理由となったは、道鏡が忙しすぎて称徳天皇とアレを致すヒマがなく、代わりに山芋を渡したことに起因すると言われている。つまり自分のアソコ代わりにこれで楽しんでくれということだが、それから称徳天皇は山芋でオナニーライフを営んでいた。そんな彼女の死亡説のひとつが、オナニー中に山芋が折れて体内に残ったまま取り出せなくなってしまい、それが原因で死亡してしまったというもの。どれだけ夢中で抜き差ししていたんだという話だが……。

とにもかくにも、オナニーはどんな人間も虜にしてしまうということ。現代ではオナニーの有効性についての研究結果も数多く発表されているだけに、適度なオナニーライフを送ることが大切だ。