ここまで可愛くなれる! 男の娘メイクBOOK(SANWA MOOK)

ここ最近、アダルト用語で見かけるようになったのが「女装子」。
最初に目にしたときは「?」が頭に浮かんだが、いまでは一般的なジャンルとして認知されている。しかし、歴史を振り返ってみたとき、偉人たちのなかにも女装子は存在するのだ。

世界史のなかで女装子といえば、なんと言っても古代ローマだ。
まず、3代皇帝だったカリグラは女装して踊るのが大好きで、よく人前に女装子として現れては人々の関心を大いに引きつけた。そして、ついには女神の姿に扮装することで自己を神格化しようと画策。しかし、これはさすがに尊大な行為であり、元老院を始めとするローマ市民に眉をひそめられたが、それでも彼の女装癖は収まらなかったという。
次に暴君として名高い5代皇帝のネロもまた女装趣味の持ち主。その女性化は装いだけに止まらず、ついには解放奴隷のピュータゴラースやドリュプォルス(ともに男性)の花嫁となっている。その逆に少年の奴隷を去勢させて結婚式を挙げ、女装させて妻のように扱ったこともあった。

そして、ローマ史において最悪の暴君と呼ばれた23代皇帝のヘリオガバルスは、女装を含めた性的倒錯のオンパレード。化粧をすることが大好きで、その化粧を引き立たせるために全身脱毛したり、自分のチンコを切り落とそうとすら考えたという。また、女装して廷臣や警備兵を誘惑しては、男娼として売春する始末。ちなみにこの当時、ヘリオガバルスは金髪の男性奴隷であるヒエロクレスと結婚していて、「妻」としての役割を演じていた。つまり男娼として行動するのは「妻」として浮気であり、この不貞を夫のヒエロクレスにとがめられて殴られるのを好んでいたというから筋金入りだ。

すべての道はローマに通ずのように、女装子のルーツもまた、ローマに通じていた!