海月姫 1(Kissコミックス)

世界史編に続き、日本史における女装子の歴史についても紹介する。
日本における女装は古来からローマ皇帝・ヘリオガバルスのような性的倒錯とは少し趣が異なり、神聖なものとして考えられていた。日本初の女装に関する記述は『古事記』で、ヤマトタケルノミコトが叔母のヤマヒメから借りた巫女の衣装を着てクマソタケルを退治したと伝えられている。これはフェティシズムよりもシャーマニズムにおける異性装的な意味合いが強く、日本では古来から女装をすることで霊的なパワーを得られると考えられていたのだろう。

ほかにも源義経が武蔵坊弁慶と出会ったときは女装していたという説があったり、織田信長が天女の衣装を着て舞っていたりと、かつての日本は女装することを厭わない精神があった。実際、江戸川区の「雷の大般若祭り」や横浜にある八坂神社の「お札まき」は男性が女装するという奇祭であり、女装はある種の神聖な行為として考えられていたことが推察できる。もちろん性的な嗜好という面からの女装も行われていて、江戸時代の陰間茶屋では女装した男娼たちが春を売っていたり、3代将軍の徳川家光が化粧した姿を鏡に映していたところを見つかり叱責されたという逸話も残っている。

そんな日本人に愛された女装子だが、キリスト教圏の文化が流入した明治期に「異性装禁止令」が発令されたことから正反対の価値観へと変わっていく。その後、戦後になって女装をテーマにしたゲイバーや演劇グループが登場したものの、日陰というイメージは長らく払拭されなかった。

しかし、最近になって「女装子」は広く一般に浸透してきた。2010年には「男の娘」という言葉が流行語大賞にノミネートされたり、女装した“男の娘”が登場する漫画『海月姫』がブレイクするなど、もはやアンダーグラウンドではない認知度と言える。いずれ、女性よりも女装子が好きという男子が登場するかも?