好色一代男 (岩波文庫 黄 204-1)

我が国の古典文学史上ダントツのスケベ主人公と言えば、西鶴の『好色一代男』に登場する世之介だろう。彼の戦歴から見れば、平安時代のナンパ師、光源氏も真っ青になること間違いなし。

抱いた女は、隣家の人妻や後家さんはもちろん、従姉に遊女、湯女、比丘尼…等々。その数なんと3,742人。それだけでは飽き足らず、725人の少年まで…。
最終話のラストでは、国内での色道修行に飽きた世之介がスケベ仲間7人を誘って、女人だけが住むという女護ヶ島へ伊豆から出帆してゆく。
乗っていく船が、またすごい。難波の江の小島で新造した船に「好色丸(よしいろまる)」と名付け、舳先(へさき)には吉野太夫の緋縮緬の腰巻きを吹貫にして立て、女郎たちからもらった着物を縫い合わせて幔幕、女たちの髪を縒り合わせた大綱…等々。好色、ここに極まれりという絢爛さである。

このとき世之介、60歳。現代ならともかく、江戸時代ではもう充分に老人だ。 そのせいか、船出するときに、大量に積み込んだ品物が身につまされるものばかり。
主なものを列記してみよう。
活き泥鰌(どじょう)に山芋、生卵という精力のつく食品に加え、男性用強精剤の地黄丸50壺、女性用催淫剤の女喜丹20箱。そして当然、性具類もあれこれ持っていく。まず、りんの玉350組に、阿蘭陀糸(肥後ずいきの一種)7000筋、なまこの輪600かけ、水牛の角の張形2,500本、錫の張形3,500本、革製の張形800本。そのうえ、事後始末用のちり紙45,000斤、潤滑油として丁子油200樽、催淫剤の山椒薬400袋、堕胎薬として使われていた、いのこづちの根1,000本という念の入れよう。
現代ならさしずめ、バイアグラ一万錠に女性催淫用アロマオイル2,000本、シリコン製ティルド2,000本、ピンクローター2,000個、バイブ2,000本、潤滑ゼリー2,000本、コンドーム1000ダース…等々といったところか。
当時の張形は、主に水牛の角や鼈甲で作られていたが、錫製、革製のものまであったというのが大変興味深い。
驚いたのは、春画200枚の他に『伊勢物語』200部を持っていったこと。『伊勢物語』は在原業平を主人公にした受験生なら誰もが知っている一冊だが、この名作古典も、当時は春本扱いされていたことがうかがえる。
さて、世之介一行が目指した女護ヶ島は、ギリシャ神話のアマゾネス同様に女性だけしか住んでいないという、男性にとって天国みたいな島である。
こんな島が本当にあるのだろうか、もしあれば行ってみたいものだ…と、男なら誰しも考えるだろう。
その思いは、西鶴が活躍していた江戸中期にもあったのか、当時の俗説を研究・解説した『広益俗説弁』(井沢蟠竜著)に、伊豆七島の南端、八丈島を女護ヶ島と称したとある。

そして、それが単なる俗説ではない証拠を、今も島で唄われている『八丈小唄』の歌詞のなかに見ることができるという説もあるのである。

南風だよ 皆出ておじゃれ 迎え草履の紅鼻緒

八丈島の南にある青ヶ島は、その昔、男島で、夏の季節風に乗って、若衆たちが女島の八丈島へ渡ってくる。八丈の娘たちはそれぞれ印をつけた紅鼻緒の草履を波打ち際に並べ、それを履いた若衆と一夜を共にし、そうして生まれた子が男であれば青ヶ島へ送り返したのだという。日本の古代の通い婚が伝説化したのだろう
(小学館・完訳日本の古典『好色一代男』解説より抜粋)

う〜ん、世之介ならずとも、紅鼻緒の草履が波打ち際に並んでいる光景を想像するだけで、ロマンだよなぁ。
あ、言っておくけど、現在は、紅鼻緒の草履も、娘たちも並んでないからね。