一つの玩具から紡ぎだされる、女性たちの物語。新しい欲望。
多方面で活躍する作家・岩井志麻子先生による読み切り小説。

岩井志麻子の千夜玩具物語

ずっと女子校育ちで親にも厳しく躾けられましたし、本当に私は結婚するまで処女でした。学園祭ではいつもミスに選ばれ、通学路でも男達につきまとわれましたが、誰にも応えなかったのは清純さ純情さではなく、安売りしたくないという打算からでしょうね。

そんな私は、幼稚園児の頃からオナニーが大好きでした。シャワーで覚えたか机の角で目覚めたかははっきりしませんが、親にも見せられない秘密の場所にある小さな粒をいじると全身がぴくぴくするのを知ってから、毎日のように下着に指を入れていました。
高校生の頃こっそり読んだ雑誌で、大人のおもちゃなんてものがあるのも知りましたが、買うのは抵抗がありました。自分の指でいじるだけで充分、甘美な震えは得られたし。

女子大を出てすぐ、一度も就職せず見合い結婚しました。夫となったのは実家の資産も本人の経歴も申し分ない人で、一回り上ですが初婚で長身の美男でした。そして昔風にいえば亭主関白、今どきの言葉でいえばモラハラ男でした。
とにかく威張っていて自分本位で、「お前は何もできない」「黙って従え」が口癖でした。エリート美男で見た目もいいから女は寄って来ますが、すぐ逃げられるのです。
だから夫の性体験は、数だけはありましたがとても粗末なものでした。もちろん私は他の男との比較はできないのですが、ひそかに見ていた動画や雑誌のその手のものを見れば、夫がセックスまで自分本位で女を大事にしない人なのはわかります。
私が全然濡れてないのに、いきなり突っ込んで腰を振って抜き差しして、射精したらさっさと自分だけ拭いて背中を向けて寝てしまう。その後で私は、哀しく指で慰めました。
日々、夫への嫌悪がつのりました。でも、世間体もあるし離婚はできない。いくらオナニーがよくても、セックスでは満足できないまま愛のない男と暮らして死ぬのかしら。

そんな悶々としていたある日、差出人のない郵便物が私宛に届きました。可愛らしい箱の文字は、「Womanizer」。開けてみても、すぐには何かわかりませんでした。
しゃれた形とデザインの美顔器かと思ったのですが、添えられた説明書を見てびっくり。クリトリスを吸って刺激する、オナニーのための器具だったのです。いろいろな躊躇いもありましたが好奇心には勝てず、初めて私は器具を使ってしまったのでした。
夫は舐めたりしてくれませんが、それは不思議ないやらしい舌で敏感な肉の粒を丁寧に舐めてくれるようでした。ときにはちょっと強めの甘美な電気を流されたようになり、抑えていても声が出て、足が攣るほど快感が全身に広がり、一瞬本当に気を失いました。
濡れそぼって我に返った後、夫は見栄えのいいATMと割り切ってこのまま暮らそうと吹っ切れました。「Womanizer」があれば、途方もない快感は約束されたのですから。

岩井志麻子
岩井志麻子

1964年、岡山県生まれ。『ぼっけえ、きょうてえ』(角川書店刊)で第6回 日本ホラー小説大賞、2000年には同作品で第13回 山本周五郎賞。2002年、『岡山女』で第124回直木賞候補となる。同年には、『trái cây〔チャイ・コイ〕』で第2回婦人公論文芸賞、同作品は2013年に映画化。
また、近年は東京MXテレビ『5時に夢中! 』木曜レギュラーコメンテーターほか、日本テレビ『有吉反省会』への出演など、強烈なキャラクターを活かした映像出演など幅広いジャンルで活動中。