オットピン爆精粒 180粒

はるか地球の裏側ではトップアスリートによる熱戦が繰り広げられていたが、トイズマガジンにおいてもアダルティックな祭典を開催。世界史における子だくさんな偉人たちのよる「ゼツリンピック」がいま幕を開ける!

まず登場するのは日本代表、江戸幕府の第11大将軍・徳川家斉だ。彼は特定されているだけで実に16人もの妻妾を持ち、男子26人・女子27人を儲けている。精力増強のために「生姜」を好み、果てはオットセイのチン●を粉末にした薬を飲んでいた。このことから「オットセイ将軍」というファンキーなあだ名で呼ばれていたという。

お次はサウジアラビア代表のアブドゥルアズィーズ・イブン・サウードはヒジャーズ国王、ナジュド国王を経てサウジアラビアの初代国王となった偉大な人物。血縁を重んじる土地柄のため、100回以上の結婚をしなければならず、一説では100人を超える愛妾がいたという。そんな彼の子どもは男子52人・女子37人の89人とされている。

続いてエジプト代表のラムセス2世で、その偉大なる治世から「大王」と呼ばれた傑物として知られる。そんな彼の統治期間は66年間にも及び、111人の息子と69人の娘を儲けたという。また、娘たちの中には父親であるラムセス2世と結婚した者までいたというから驚きだ。

4人目に登場するのはスワジランド代表のソブーザ2世。彼もエジプト代表のラムセス2世と同じく、約61年間という長期間にわたって君主を務めた傑物であった。そんな彼もまた後継者を求められて、100人を超す妻たちとの間に約600人もの子どもを作ったと言われている。

そして、並みいるゼツリンストたちを押し退けて見事金メダルに輝いたのはモンゴル代表のチンギス・ハンだ。勇壮なる騎馬民族を率いてアジアや中東、ロシアにまでまたがる大帝国を築き上げ、侵略した国の女性を陵辱したと言われている。そんな彼の子孫について「モンゴル族と同じ染色体を持つ人が約1600万人いる」という研究結果が2007年に発表されている。その発表では「逆算すると特定の人物が13世紀初頭に数百人から数千人の子どもを儲けた計算になり、これができた人物はチンギス・ハン以外に考えられない」と推察。さすがに数千人はどうかと思うのだが、侵略した土地の女性は必ず自分で検分していて妾としていた伝えられている彼だけに、4桁の子どもがいてもおかしくない!?