一つの玩具から紡ぎだされる、女性たちの物語。新しい欲望。
多方面で活躍する作家・岩井志麻子先生による読み切り小説。

岩井志麻子の千夜玩具物語

私は子どもの頃、いじめられっ子だった。
まず親が徹底した菜食主義で、私に給食を食べさせないと玄米の弁当を持たせたし、校庭で動物を飼うのは動物虐待だの、いちいち学校に文句をいった。だから友達はできず、先生にも腫れ物扱いされたのだ。
そんな私の名前は、仲背姫子。古風な名前より普通の姓の方をからかいに使われた。
仲背を泣かせと読み替え、「泣かせろ」とはやし立てられた。小さい頃は本当にそれで泣かされたけれど、次第に生来の気の強さが出てきて意地でも泣かなくなった。親のいうこともよく聞き、中学から厳格なお嬢様学校に進んだ。ここでは幼稚ないじめをする子もいなかったし、親も学校に文句をいうこともなく平穏だった。

親は男女交際は堅く禁じたけれど、大学卒業の直後に見合い話を持ってきた。同じような環境で育った坊っちゃんと結婚し、仲背でなくなった。
夫が何もかも初めての男だったから、他の男と比べようがなかった。ネットでこっそり秘め事を調べたりはしたけれど、「激しく濡れて悶える」「潮を吹いて失神する」なんてのも目にしても、大げさな創作だろうとも思っていた。夫とのそれを、気持ちいいと感じたことなど一度もなかったからだ。むしろ苦痛だった。
それでも家事は完璧にしたし、浪費もせず良き妻だったはずだ。子どもはもともとあまり欲しくなかったので、できないのも気にならなかった。10年経ってもセックスはちっとも気持ちよくならなかったけど、これも平気だった。

10年目に夫から離婚を切り出され、仲背に戻るんだと思ったら、いじめられっ子の「泣かせろ」とはやし立てる声がよみがえった。だから意地でも泣かなかった。
夫に長年の愛人がいて妊娠もしていると聞かされ、激怒したのは親の方だ。
けれど私は、実家には戻らなかった。元夫からの慰謝料でマンションを借りて一人暮らしを始めた私は、何かが壊れた。いや、解放されたのだ。
カップラーメンやハンバーガーも食べるようになったし、出会い系サイトで男を引っかけ、やりまくった。けれど今一つ、心から美味しい、気持ちいいとも感じられなかった。

【岩井志麻子の千夜玩具物語】姫子 38歳

30も後半になってから会った同い年の飯野は、妙なクリームを持ってきた。本当に小さな白い丸い容器に入ったそれは、蓋に「姫なかせ」とあった。
下の唇をこじ開けられて飯野の指で中の粘膜に塗られると、じんじん熱くなって自然に腰まで震えてきた。
飯野のものが入ってきたら、いじめっ子達の「泣かせろ」が耳元にがんがん響いてきて、本当に大声をあげて泣いていた。下の唇もびしょぴしょに泣いていた。
でも私は「いいの~いいの~」と叫びながら、これは良いの~、なのか、飯野~、なのかわからなかった。

岩井志麻子
岩井志麻子

1964年、岡山県生まれ。『ぼっけえ、きょうてえ』(角川書店刊)で第6回 日本ホラー小説大賞、2000年には同作品で第13回 山本周五郎賞。2002年、『岡山女』で第124回直木賞候補となる。同年には、『trái cây〔チャイ・コイ〕』で第2回婦人公論文芸賞、同作品は2013年に映画化。
また、近年は東京MXテレビ『5時に夢中! 』木曜レギュラーコメンテーターほか、日本テレビ『有吉反省会』への出演など、強烈なキャラクターを活かした映像出演など幅広いジャンルで活動中。