一つの玩具から紡ぎだされる、女性たちの物語。新しい欲望。
多方面で活躍する作家・岩井志麻子先生による読み切り小説。

岩井志麻子の千夜玩具物語

もう15年ほど昔、私は少女Fという名前で、その頃ブームになった着エロのモデルをしていた。
高校出てフリーターしていた頃、芸能人になれるなんてスカウトされたのだけれど。私は舞い上がりもせず、母に相談した。
「AVだけはやめて。その寸前でとどめて」といわれた。母自身が若くして私を産んで離婚した後、ヌードモデルやライトな風俗をしながら私を育ててくれたのだった。
「私もだけど娘のアンタもきっと、男の甘い言葉に流されやすいよ。だからきっちりと、本番だけはしません、みたいな一線を引いておかなきゃ、何でもありのとこに落ちる」
陰毛を剃りあげて割れ目だけをヒモ一本で隠したり、その股間に置いたバナナがちょっと割れ目の中に挿入されていたり、単なるヘアヌードの方が普通に見えてくるほどのぎりぎりな格好をさせられたけど、とにかく本番行為は絶対にやらなかった。

ちなみにこの芸名は、20歳でやめるつもりだったから少女とつけて、本名の芙美香のイニシャルを足しただけ。少女Fの代表作というのか、検索すると一番たくさん出てくる画像が、ヒョウ柄のアイマスクと手かせと足かせをつけているものだ。金属の手錠ではなく布製で、鍵ではなくマジックテープで留めるタイプだ。
手首同士をくっつけて重なった手で乳首を隠し、足首同士をくっつけてから足を組んで陰部を隠した。簡単に取り去れるものばかりなのに、不安になったのを覚えている。
ほどなくして、私は着エロを引退した。事務所は、思ったより簡単に辞められた。私がそんな売れてなかったのもある。

それからしばらくは地道にファミレスなんかでバイトしていたのに。母と同じくデキ婚してすぐ離婚して、なんてことになってしまった。
子どものためにお金が欲しいと思っていたとき、ものすごく久しぶりに昔の事務所の社長が連絡してきた。私が本名でやっているフェイスブックから、見つけ出したという。
そうして私は、少女Fあらため熟女Fとして今度こそAVデビューすることになった。
三十路も半ばになれば着エロだけではどうにもならないと母にいったら、子どものためにがんばりなさいといわれた。もはや私は、本番をやっても底まで落ちない自信があった。
母も、そこのところはわかってくれたのだ。母に子どもを預け、現場復帰した。

パッケージ写真を撮る日、なつかしのヒョウ柄のアイマスクと手かせ、足かせが用意されていた。形や素材は変わらなかったけど、手と手、足と足ではなく、右手首と右足首、左手首と左足首をつながれた。それでМ字開脚となれば、何もかも剥き出しだ。
だけどあの頃のように不安ではなく、いや、不安が心地よかった。大勢の男に見られているのを実感し、あの頃と違って自然に生やしたままの陰毛を濡らしてしまった。

岩井志麻子
岩井志麻子

1964年、岡山県生まれ。『ぼっけえ、きょうてえ』(角川書店刊)で第6回 日本ホラー小説大賞、2000年には同作品で第13回 山本周五郎賞。2002年、『岡山女』で第124回直木賞候補となる。同年には、『trái cây〔チャイ・コイ〕』で第2回婦人公論文芸賞、同作品は2013年に映画化。
また、近年は東京MXテレビ『5時に夢中! 』木曜レギュラーコメンテーターほか、日本テレビ『有吉反省会』への出演など、強烈なキャラクターを活かした映像出演など幅広いジャンルで活動中。