【アダルトグッズヒストリー】市みやげ寝たり起きたり笑わせる

江戸時代の男根張形には2つのタイプがあった。1つはオナニー用で、こちらは四ッ目屋などの店頭に並ぶか、小間物屋が売り歩いた。もう1つは、江戸の場合は師走の「歳の市」で売られ、客を招き寄せる神さまとしてもてはやされた。

歳の市は12月17、18日(旧暦)。浅草観音の境内に露天がひしめき、新年用の日常雑貨とともに男根張形もずらりと並んだ。遊郭や商家が男根張形を縁起棚や神棚に置いて「、今日もたくさんの客が来ますように」と拝むための男根張形なんですな。なぜか、男根張形には「招客」のご利益があったようだ。

神棚にまでおやしている遊女町

例えば、吉原遊郭の場合は夜の部が始まると、遊女たちが2階からぞろぞろ降りてきて、縁起棚の前に勢ぞろいする。灯明に灯がともされる。三味線が掻きならされる。そんな中で、勃起した(おやした)男根張形に手を合わせるのである。

定おえを毎朝拝す商売屋

一方、商家では仕事はじめのまえに拝んだ。そしてこのセレモニーは、明治に入っても続いたのである。ところが…!明治5年になると、政府は太政官令で、「従来遊女屋其他客宿等に祭りある金精儀風俗に害あるを以て自今早く取棄て踏み潰すべし」と、この風習までもをカタク禁じてしまったのである。その日がやってきた。遊郭や商家は一斉に男根張形を隅田川に投げ込んだ。男根張形の底にはおもりがついている。

流れの中で男根張形はチン(沈)ポコ、チンポコと、そりゃ壮観な光景だったそうだ。その後、男根張形にとってかわった招客神が、いま世界中で人気の招き猫なのだ。もっとも、一部の不満分子は男根張形を処分ぜず、招き猫を男根張形にすっぽり被せて祀ったりもした。本性を隠すこと、つまり「猫を被る」の語源はここからきているという。

ついでに、男根張形は根元の左右に、イミテーションの小判の包みを置くのが正しい(?)祀り方だった。小判は「睾丸」を表現した。
男根張形が姿を消したあとも招き猫の足元には従来通りに小判の包みは引き継がれた。でもね、猫(女)に睾丸はまったく不要でしょうが…。「豚に真珠」と同系の「猫に小判」は、このことが語源になっているとにらんでいる。そんなこんなを振り返ってみると、招き猫って本来、アダルトショップが扱うべき商品ではないかとも思えてくる。猫の腹の中に男根形を納めた「猫かぶり招き猫」なんて売れないかしら。