一つの玩具から紡ぎだされる、女性たちの物語。新しい欲望。
多方面で活躍する作家・岩井志麻子先生による読み切り小説。

岩井志麻子の千夜玩具物語

親が私を潤子と名付けたのは、もちろん潤沢とか利潤といった言葉で表される豊かさを求め、授けたかったから。女友達はもちろんのこと、付き合った同世代の男の子はみんな私をジュンと呼び、名前をからかう人なんていなかった。ホステスのバイトをするようになって、年配の男達に名前をいじられるようになった。
「潤いの子か。本当に潤っているなぁ」「ジュンときちゃった、ジュンちゃんか」

高校時代の初体験の彼とその次の彼くらいまでは、やりたい盛りの男の子につき合わされ振り回され、正直そんなセックスが気持ちいいと感じたこともなかった。それでどころか体調と気分、あと挿入の角度によってはただ痛いだけのときも多かった。あんまり濡れなくて、こっそり手のひらに唾をつけてあそこに塗ったりもしていた。
夜の商売とオジサマ客を体験してから、けっこう濡れやすい体質に変わった。オジサマ達は挿入を焦らずよく舐めてくれ、潤うまで待ってくれるから。そして私は水商売も合っていたようで、本職になった。親はあまりいい顔はしなかったけど、まさにOLでは得られな利潤を生むようになると、がんばれといってくれた。

チイママから雇われママになった辺りまでは、仕事も男関係も順調だった。昔ちょっと人気だったイケメン俳優が内縁の夫になり、遊技場の妻子持ち社長がパトロンになった。
自分の店を持った頃が、最高に身も心も潤っていた。内縁の夫とも滴るほどにむさぼりあい、お金を保障してくれる男にもいやらしい音が窓の外に聞こえるほど濡れ、愛も恋もない快楽だけをくれるつまみ食いの男達にも惜しみなく潤った。
なのに48になって閉経した頃から、いろんな潤いが消えた。内縁の夫は若い女と逃げ、金持ちパトロンは急死。店を畳んで残ったのは、古着と借金だけ。たまに昔の男とこづかい目当てに寝たけど、軋むほどの痛みだけがあった。

せっぱつまったとも、やけくそともいえるか。私はこんな歳になって、風俗嬢に転身した。もちろん熟女専門の店だ。さすがにジュンとは名乗りたくなくて、でもどこかに自分を残したくて、イニシャルから取ってジェイとなった。
初日にあまり濡れないんですと店長にいったら、赤い箱に入った『オカモトゼロワン潤滑ゼリー』というのを渡してくれ、ジェイ、まずは俺で試してみろといった。

潤滑ゼリー。
私の名前が入ってる。ついにこんなものを使うようになったかと、自嘲したけど。
いざ使ってみると、本番厳禁の店なのに店長のものは私の中に吸いこまれた。本当に自分の中からわき出るような自然さで、あたし本当に濡れてると喘いでしまった。昔の夫に少し似た、店長に恋をしたからかもしれなかったけど。

岩井志麻子
岩井志麻子

1964年、岡山県生まれ。『ぼっけえ、きょうてえ』(角川書店刊)で第6回 日本ホラー小説大賞、2000年には同作品で第13回 山本周五郎賞。2002年、『岡山女』で第124回直木賞候補となる。同年には、『trái cây〔チャイ・コイ〕』で第2回婦人公論文芸賞、同作品は2013年に映画化。
また、近年は東京MXテレビ『5時に夢中! 』木曜レギュラーコメンテーターほか、日本テレビ『有吉反省会』への出演など、強烈なキャラクターを活かした映像出演など幅広いジャンルで活動中。